第Ⅲ章 享保~元文年間(1716~1741)の茶道具収集
元文年間(1736~1741)になると、幕府の貨幣改鋳を機に経営が好転し、江戸期を通じて最も営業利益が伸びました。これにともない三井各家の賄い料も増え、文化面への支出も顕著になっていきます。そのなかでも特に茶道具収集が盛んに行われるようになり、多くの大名物や中興名物などをこの時期に取得しています。
茶の湯は、京都の豪商として必須の教養であり、茶道具の名品を所有することがステイタスであり、茶道具は商取引上の担保物件ともなりました。三井各家では享保・元文年間から名物茶道具の収集をはじめています。三井家寄贈の名物茶道具や道具帳などからその動きを垣間見ることができます。
54 赤楽茶碗 銘?再来
赤楽茶碗 銘?再来
樂道入作
江戸時代・17世紀
高 8.0 口径 12.0 高台径 6.2
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Tea Bowl, named.“Sairai (Meet Again)”, Aka-Raku style
By Raku Do’nyu
Edo period, 17th c.
Mitsui Memorial Museum
この樂道入(通称ノンコウ)作の赤楽茶碗は、付属の正徳5年(1715)6月の覚書によれば、三井家の元祖・三井高利(1622~1694)が所持したもので、松坂時代に一族が集まる椀飯振舞の席で濃茶を点てて飲んだといい、高利存命中に息子の室町三井家初代・高伴(1659~1729)が譲り受けたという。高利所持の茶道具として唯一伝世するものである。妻のかねも台子皆具を実家から持参していたことから、三井家では当時から茶の湯が身近であったことが想像される。
55 正徳五年伊皿子家道具帳
正徳五年伊皿子家道具帳
江戸時代・正徳5年(1715)
縦 27.0 横 23.4
三井文庫
Collection catalog as of 1715, Isarago Mitsui family
Edo period, 1715
Mitsui Bunko
伊皿子三井家に伝わった正徳5年の道具帳で、「奥」と「書院方」の2冊が伝わる。「書院方」に茶道具が記されている。すでに多くの茶道具を所持しているが、名物とわかる茶道具は記されていない。名物収集が始まる前の状況を示していると思われる。特筆すべきは高利の妻かね(寿讃)が実家の中川家から持参した台子が記されている点で、高利の松坂時代から三井家で本格的に茶の湯が嗜まれていたことがわかる。
56 【重要文化財】唐物肩衝茶入 北野肩衝
重要文化財
唐物肩衝茶入 北野肩衝
大名物
南宋時代・12~13世紀
高 8.9 口径 4.3 底径 4.2
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Karamono Katatsuki Tea Caddy, known as “Kita no katatsuki”
originally possessed by Ashikaga Yoshimasa
Southern Song dynasty, 12-13th c.
Mitsui Memorial Museum
足利義政が所持した東山御物で、古くから唐物肩衝茶入の典型とされてきた。豊臣秀吉が天正15年(1587)に行った北野大茶湯で、烏丸家から烏丸肩衝としてこの茶入が出されている。三井家では享保年間の経済史料に、三木権大夫への貸付金の担保物件として現れ、そのまま大元方の財産となり、高平または高房の代に北三井家の所有となっている。幕末に若狭の大名酒井家に譲られたが、大正12年の酒井家蔵品売立で買い戻された三井家こだわりの名物である。
57 大井戸茶碗 銘?須弥 別銘?十文字
大井戸茶碗 銘?須弥 別銘?十文字
伝古田織部所持
朝鮮時代・16世紀
高 8.0 口径 14.1 高台径 5.1
三井記念美術館(室町三井家旧蔵)
Tea Bowl, ?-Ido type, known as “Syumi” or “Jy?monji”
Choson dynasty, 16th c.
Mitsui Memorial Museum
漫画「へうげもの」でおなじみの古田織部が所持したとされる大井戸茶碗。もとは形が大きく歪んでいたので十文字に割って小さくしたという織部らしい逸話がある。その景色から十文字井戸と呼ばれているが、大徳寺169世住持・天祐紹杲が「須弥」と命名している。この茶碗は、室町三井家の初代・高伴(宗利・1659~1729)が享保12~14年(1727~1729)に入手したと考えられるが、三井家で名品の収集が始まった初期のものといえる。
58 赤楽白蔵主香合
赤楽白蔵主香合
樂左入作
江戸時代・18世紀
高 5.9
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Incense container in shape of Hakuzosu (Fox in disguise as a Buddhist monk),
Aka-Raku style
By Raku Sa’nyu
Edo period, 18th c.
Mitsui Memorial Museum
狂言の「釣狐」に出てくる白蔵主という僧侶に化けた狐形の香合。樂家六代の左入作とされる。この香合の内箱書には、享保7年(1722)の元旦に表千家六代・覚々斎から到来したと記されている。また外箱には、北三井家六代・高祐が祖母である新町三井家の三代・高弥の妻長(寿白禅尼)から安永8年(1779)に賜ったと記されている。表千家の宗匠から寿白禅尼に到来したものと思われるが、表千家の宗匠との交流を示す茶道具としては早いものである。
59 竹一重切花入 宗竺直書在判「八十翁 宗竺(花押)」
竹一重切花入
宗竺直書在判「八十翁 宗竺(花押)」
三井高平作
江戸時代・享保17年(1732)
高 35.3 口径 10.3
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Bamboo Flower Vase of Ichiju-giri
By Mitsui Takahira
Edo period, 1732
Mitsui Memorial Museum
北三井家二代・高平(宗竺)作の竹一重切花入。背面に「八十翁 宗竺(花押)」と直書がある。高平の80歳は享保17年にあたる。高平の傘寿を記念して作られた花入であろうか。箱の蓋裏には、息子の高房(宗清)が「宗竺居士御自筆」と極め書きを認めている。「宗竺遺書」がまとめられたのが享保7年であり、「家伝記」や「商売記」もその頃で、高房の「町人考見録」は享保13年頃であるが、当時の茶人としての宗竺の姿がうかがえる。
60 竹二重切花入 銘?大鷹
竹二重切花入 銘?大鷹
三井高平作
江戸時代・18世紀
高 76.8 口径 11.5
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Bamboo flower vase of Niju-giri, named “?taka (Big Falcon)”
By Mitsui Takahira
Edo.period, 18th c.
Mitsui Memorial Museum
竹二重切花入で、「おおたか」の銘が付けられている。背面に銘と宗竺の花押の直書があり、北三井家二代・高平(宗竺)の作である。箱には「宗竺居士作二重切花生」とあり、蓋裏に「宗竺居士作 判アリ 二重切 銘大タカ 宗聴(花押)」と記されている。内側が黒く塗られており、各所に漆繕いがなされ、古色も付いて極く侘びの花入といえよう。制作年ははっきりしないが、享保年間のものであろうか。なお宗聴については未詳である。
61 青楽茶碗 彫銘?「七十三翁宗竺造」
青楽茶碗 彫銘?「七十三翁宗竺造」
三井高平作
江戸時代・享保10年(1725)
高 8.2 口径 11.4 高台径4.8
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Tea Bowl, Ao-Raku style
By Mitsui Takahira
Edo period, 1725
Mitsui Memorial Museum
北三井家二代・高平(宗竺・1653~1737)の手造り茶碗である。箱書に「青楽茶碗 七十三翁 宗竺造(花押)」の墨書があり、茶碗の高台脇にも「七十三翁宗竺造」の彫銘がある。享保10年(1725)にあたる。高台内には「樂」の印が捺されているが、樂家の印ではない。樂家とのかかわりの中で、高平が手造りのできる環境があったものと思われる。高平が隠居するのは52歳の元禄15年(1702)、隠居後には茶道具を手造りするほど茶の湯に入れ込んでいる様子がうかがえる。
62 瀬戸二見手茶入 銘?二見
瀬戸二見手茶入 銘?二見
本歌 中興名物
(窯分=金華山窯)
桃山~江戸時代・17世紀
高 8.0 口径 3.8 底径 3.7
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Tea Caddy, named “Futami”, Futami-de type, Ko-Seto ware
Momoyama-Edo periods, 17th c.
Mitsui Memorial Museum
瀬戸茶入の窯分では金華山窯の二見手の本歌とされ、『金葉集』の和歌「玉くしげ二見が浦の貝しげみ まきえに見ゆる松のむら立」から「二見」の銘が付けられたとされる。小堀遠州が取り上げた中興名物である。もと朽木伊予守、のち京都の銀座年寄に伝わり、正徳4年(1714)に銀座年寄が不正により闕所となった際、元文年間(1736~41)に北三井家二代・高平が入手した。以来、同家を代表する茶入として晴れの茶会で用いられてきた。
62-② 松平不昧書状(二見茶入添状)
松平不昧書状(二見茶入添状)
松平不昧筆
江戸時代・19世紀
縦 15.2 横 60.8
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Letter, Accompanying Tea Caddy, named “Futami”
By Matsudaira Fumai
Edo period, 19th c.
Mitsui Memorial Museum
松江藩主の松平不昧(1751~1818)とは、北三井家六代・高祐(1759~1838)が茶の湯を通じて親交があり、この添状は高祐の依頼で書かれたものであろう。二見の銘は小堀遠州が茶器選びの席で二度見たところからの命名であると記しているが、伊勢国出身の三井家にとっては『金葉集』の歌銘の方がふさわしい。
63 唐物鶴首茶入
唐物鶴首茶入
三井高平(宗竺)遺物
南宋時代・12~13世紀
高 7.3 口径 3.0 底径 3.5
三井記念美術館(新町三井家旧蔵)
Karamono Tsuru-kubi (“crane’s neck”) Tea Caddy
The keepsake from Mitsui Takahira
Southern Song dynasty, 12-13th c.
Mitsui Memorial Museum
千利休所持の「利休鶴首茶入」と器形・大きさ・釉調など非常によく似た鶴首茶入で、同じ窯で焼かれたものと思われる。付属の覚書によれば、北三井家二代・高平(宗竺)が所持し、亡くなった翌年の元文3年(1738)に高平の遺物として新町三井家に到来した茶入である。同家の「元文道具帳」に記載されている。なお、元文3年当時の新町家の当主は、高平の甥にあたる二代・高方(宗億・1688~1741)で、妻の教は高平の娘である。
64 赤楽大福茶碗
赤楽大福茶碗
胴?小槌絵・福寿文字、見込?亀絵
三井高平・高房合筆
伝樂左入作
江戸時代・18世紀
高 7.9 口径 14.8 高台径 5.5
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
?buku type Tea Bowl with Fuku-ju letter in Aka-Raku Style
Attributed to Raku Sa’nyu (Painted by Mitsui Takahira and Takafusa)
Edo period,18th c.
Mitsui Memorial Museum
胴の外側に「福寿」の文字と打出の小槌の絵が白泥で描かれ、見込みには亀の絵が描かれた赤楽茶碗。箱書からこれらの絵と文字が三井高平と高房親子の合筆であることがわかる。樂左入(1685~1739)の作とされるが、樂の印はない。この茶碗は、元旦の祝儀として飲まれる大福茶用の茶碗で、文化年間の道具帳では茶碗の部の筆頭に記されている。年頭に当たって、福と長寿を象徴する高平と高房合筆の茶碗での大福茶には、大きな意味があったであろう。
65 伊賀茶碗 銘?西蓮寺
伊賀茶碗 銘?西蓮寺
江戸時代・17世紀
高 8.0 口径 12.6~13.9 高台径 6.8
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Tea Bowl, named “Sairen-ji”, Iga ware
Edo period, 17th c.
Mitsui Memorial Museum
北三井家三代・高房(崇清または宗清・1684~1748)が、伊賀の西蓮寺(三重県伊賀市)で求めた伊賀茶碗。高房自筆の箱書には、西蓮寺に代々伝わったこの茶碗を、享保19年(1734)または延享3年(1746)に乞い求めて入手し、「西蓮寺」と銘を付けたとある。西蓮寺は天台真盛宗の寺で、近江の総本山西教寺の三大末寺の一つである。松坂の三井家菩提寺来迎寺もその末寺である。京都と松坂との往来の途中に西蓮寺に立ち寄ることも多かったのであろう。
66 真台子伝受書
真台子伝受書
三井高房筆
江戸時代・享保16年(1731)
縦 24.5 横 17.0
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Record of the “Transmission of Teachings about the mysteries of Cha-no-yu”
Copied by Mitsui Takafusa
Edo.period, 1731
Mitsui Memorial Museum
北三井家三代・高房(1684~1748)は表千家六代・覚々斎の高弟・服部道円に茶の湯を習っていた。この冊子は道円の所持していた表千家真台子の秘伝書を高房自身が写したものである。千利休以来の相伝物の最高位を相伝したのであろう。この冊子の奥書には享保16年(1731)9月の年紀が見え、この月に服部道円から真台子を伝受したのであろう。このほか「密書」「伝受之書 行」の2冊が「崇清様 茶之御秘書」と墨書された桐箱に入って伝わっている。
67 瀬戸塞手茶入 銘?常如院
瀬戸塞手茶入 銘?常如院
中興名物
(窯分=藤四郎春慶)
桃山時代・16~17世紀
高 7.6 口径 4.1 底径 3.7
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Tea Caddy, named “Jonyoin”, Koshiji-de type, Seto ware
Momoyama period, 16-17th c.
Mitsui Memorial Museum
瀬戸の肩衝茶入で、奈良興福寺の子院・常如院に伝わったところからこの銘が付けられたといい、小堀遠州所持の中興名物である。道具商・伏見屋の記録に、元文年間に手に入れ三井八郎右衛門に納めたと記されている。当時八郎右衛門を名のっていたのは新町三井家二代・高方(1688~1741)であるが、いつの頃からか北三井家に伝わった。この茶入は本歌の瀬戸肩衝茶入(銘 塞)とともに、唐の土で作ったとの伝承があり、薄作りで唐物写しの趣がある。
68 瀬戸面取手茶入 佐久間面取
瀬戸面取手茶入 佐久間面取
中興名物
(窯分=真中古)
江戸時代・17世紀
高 7.8 口径 4.9 底径 4.7
三井記念美術館(北三井家旧蔵)
Tea Caddy, named “Sakuma Mentori”, Mentori-de type, Seto ware
Edo period, 17th c.
Mitsui Memorial Museum
瀬戸の肩衝茶入で、肩に面がとられているので面取手と呼ばれている。江戸初期の武将で幕府の作事奉行であった佐久間将監真勝(1570~1642)が所持したところから佐久間面取と称される中興名物である。元文年間に三井八郎右衛門が所持したという記録があり、その頃三井家が所蔵していたことがわかる。佐久間将監は晩年に大徳寺龍光院に隠居し寸松庵を称したが、所蔵した紀貫之の古筆切が「寸松庵色紙」と呼ばれて有名である。
69 珠光青磁茶碗 銘?波瀾
珠光青磁茶碗 銘?波瀾
南宋~元時代・12~13世紀
高 7.0 口径 16.0 高台径 5.0
三井記念美術館(新町三井家旧蔵)
Shuko Celadon Tea Bowl, named “Haran”
Southern Song-Yuan dynasties, 12-13th c.
Mitsui Memorial Museum
わび茶の祖・村田珠光(1423~1502)が、唐物茶碗のなかでも草庵茶の美意識に適うものとして取り上げたとされるところから、この手の茶碗を珠光青磁または珠光茶碗と呼んでいる。南宋から元時代に中国南部で焼かれ、日本にも多くが輸入されたなかで、わびた趣のものが取り上げられた。この茶碗は、新町三井家の「元文道具帳」に記載されており、奈良の松屋が所持したとものと記されている。表千家九代・了々斎(1775~1825)が「波瀾」の銘をつけている。
70 井戸茶碗 銘?高島
井戸茶碗 銘?高島
朝鮮時代・16世紀
高 7.7 口径 15.3 高台径 5.0
三井記念美術館(新町三井家旧蔵)
Tea Bowl, named “Takashima”, Ido type
Choson dynasty, 16th c.
Mitsui Memorial Museum
小井戸茶碗というべき侘びた趣の井戸茶碗である。この茶碗も「元文道具帳」に記載されていた茶碗である。また寄贈の目録には中山家より遺物として来たものとされており、新町三井家三代・高弥の妻長が中山一閑の娘であることから、その中山家からの遺物として到来したものであろう。三井文庫にはこの頃中山又兵衛家の諸道具を購入した資料も残されている。箱蓋裏には冷泉宗家が近江の高島を詠った和歌が記され、歌銘となっている。
71 呉器茶碗 銘?小倉山
呉器茶碗 銘?小倉山
朝鮮時代・16世紀
高 9.6 口径 14.1 高台径 6.2
三井記念美術館(新町三井家旧蔵)
Tea Bowl, named “Ogurayama”, Goki type
Choson dynasty, 16th c.
Mitsui Memorial Museum
この茶碗も新町三井家の「元文道具帳」に記載されているものである。松平備前守の所持で、道具商・切屋が新町三井家に取り次いだという。大振りで見込みの深い椀形の呉器茶碗で、片身替わりのように釉が赤く発色しているところを景色と見て、「小倉山」の銘が付けられている。箱蓋裏に筆者不明であるが「おほろけの色とや人のおもふらむ おくらのやまをてらす紅葉は」の和歌が記されている。歌銘と言える。
72 伯庵茶碗 銘?香久山
伯庵茶碗 銘?香久山
江戸時代・17世紀
高8.2 口径15.0~15.5 高台径6.0
三井記念美術館(新町三井家旧蔵)
Tea Bowl, named “Kaguyama”, Hakuan type
Edo period, 17th c.
Mitsui Memorial Museum
この茶碗は箱書に「瀬戸白菴 香久山」と記されている。銘の由来は不明であるが、大和三山の香久山であろう。新町三井家の「元文道具帳」に記載されており、元文年間から同家に伝わった茶碗である。伯庵茶碗は、もと大名の稲葉家に伝来した本歌「伯庵」が、幕府の医官・曽谷伯庵が所持していたところからの名称とされる。焼成地は瀬戸、唐津、あるいは朝鮮半島など諸説あるが、この茶碗は「瀬戸伯庵」として伝わっている。
73 瀬戸瓢箪茶入 銘?秀吉公
瀬戸瓢箪茶入 銘?秀吉公
(窯分=藤四郎春慶)
桃山時代・16~17世紀
高 5.3 口径 2.7 胴径 6.4 高台径 3.2
三井記念美術館(新町三井家旧蔵)
Gourd-shaped Tea Caddy,named “Hideyoshi-Ko”(“Lord Hideyoshi”),Seto ware
Momoyama period, 16-17th c.
Mitsui Memorial Museum
瓢箪形の茶入で、「秀吉公」の銘が付けられている。ご承知のように豊臣秀吉の馬標が千生瓢箪であることにちなんでの銘と思われる。この茶入も新町三井家の「元文道具帳」に記載されていたものである。元文4年(1739)に京都の道具商と思われる北脇了寿より求めたとされている。箱書などでは、この茶入は秀吉が所持したもので、内箱の箱書は小堀遠州筆とされる。全体に薄作りで、底には茶入には珍しく端正な輪高台が削り出されている。
74 薩摩甫十瓢箪茶入 銘?十寸鏡
薩摩甫十瓢箪茶入 銘?十寸鏡
(窯分=国焼 薩摩)
江戸時代・17世紀
高 6.3 口径 2.3 胴径 6.0 底径 3.1
三井記念美術館(新町三井家旧蔵)
Gourd-shaped Tea Caddy, named “Masukagami”(“Clear Mirror”),
Satsuma ware, carved signature “Ho” and “J?”
Edo period, 17th c.
Mitsui Memorial Museum
小堀遠州の好みで焼かれたという十個の薩摩焼瓢箪茶入を、遠州の号「宗甫」から「甫十瓢箪」と呼んでいる。底には「甫」と「十」の文字が彫られている。この茶入も「元文道具帳」に記載されていたもので、秀吉公と同じく北脇了寿から求めたものという。胴の景色から「十寸鏡」の銘が付けられ、内箱には冷泉宗家筆の和歌小色紙「まとかなる日影をうつすますかゝみ 手にとりもちて朝ことに見よ」が張られている。








































