「御註文雛形留帳」にみる武家女性の装い
江戸時代の女性の衣服である小袖型の表衣には、高度に発達した染織技術によりさまざまな装飾が施された。繊細な刺繍や多彩な染技法、また意匠のあり方にも年代ごとの特徴が認められ、人々が衣服に趣向を凝らし高い関心を寄せていたことが窺える。
私は大学院生の頃、衣服のもつ社会的・文化的意味を問う服飾史という学問に心惹かれた。小袖模様の変遷を研究テーマとし、当代随一の呉服商であった越後屋がどのような商品を制作、販売していたのか、そのヒントを求めて三井文庫を訪ねた。そこでご紹介いただいた史料の一つが「御註文雛形留帳」(本1667)である。これは1712年(正徳2)に越前松平家が越後屋に注文した31反の呉服について、生地や地色、模様、寸法、職人名や加工賃、納品日など、制作に必要な様々な情報を記した注文帳であった。特に模様については染織技法や配色、柄の寸法、出来上がりの印象まで詳細に記録されていたため、これらに服飾史の観点から考察を加えたものを後日発表した(拙稿「越後屋呉服店注文帳にみる武家女性の装い」『服飾美学』第57号)。
たとえば、福井藩主松平吉邦の正室梅姫のために誂えられた1反は、鳶色の縮緬地に黒の格子縞を配し、梅の花を総身に散らした染め模様の小袖表で、越後屋の京本店から吉邦の滞在する福井に届けられ、江戸着府の際に梅姫に贈られたと考えられる。他にも梅姫の出身地である京都の風景を取り入れた小袖や吉祥模様の主題などに、着る人の幸いを願う細やかな配慮が感じられた。
これらは模様の図案集である小袖雛形本にデザインを求め、最新の染織技法を用いるなど、当世流行との積極的な関わりも認められた。このように「御註文雛形留帳」は江戸中期の武家の生活を彩った衣服の実相を伝える貴重な史料である。
(日本服飾史)