『機械部契約関係書類』と国際関係経営史
2016年2月に上梓した拙著『海をわたる機関車』(吉川弘文館)のなかで、三井物産資料をはじめとする三井文庫所蔵史料を、たくさん使わせていただいた。中でも『支店長会議議事録』は、私が鉄道用品、とくに機関車のグローバルな取引関係に注目するきっかけになった史料の一つであり、思い出深い。しかし、この史料は日本の商社史研究の根本史料であるため、多くの研究者が「私の一点」として取り上げると思われる。そこで今回、『機械部契約関係書類』という物産資料目録でも「追加」に分類されている史料群に、敢えて注目したい。この史料群に含まれるアメリカン・ロコモーティブ(ALCO)と三井物産との契約書類もまた、『海をわたる機関車』で重要な役割を果たしたからである。
三井物産は1896年、ニューヨーク支店を再開し、北米貿易を本格化した。その際の中心的な取扱商品の一つが、のちにALCOの中核となるスケネクタディ(Schenectady)社製の蒸気機関車であった。そして1901年、スケネクタディをはじめとする機関車メーカー八社が合併してALCOが成立すると、三井物産は同社極東代理店の地位を獲得することになった。『機械部契約関係書類』中の’Agency Contract No.5 American Locomotive Sales Corp.’(物産2367-4所収)は、その交渉経緯と契約内容を示す史料群であり、1904年8月の日本・朝鮮を対象とした代理店契約に関する往復書簡と、1916年12月の中国を対象とした代理店契約に関する契約書・書簡の二つに分かれている。このうち『海をわたる機関車』で利用したのは主に前者であり、それによって代理店契約の交渉過程を明らかにすることが出来た。一方、後者は物産の中国でのALCO製品取扱いの条件を定めており、中国政府やアメリカ人・企業、借款鉄道からの直接注文は代理店契約の対象外とされている。その詳細な分析は、1930年におけるALCO代理店契約更新(物産2367-24所収)の分析とともに、今後の研究課題である。『機械部契約関係書類』を用いた国際関係史研究は、まだ始まったばかりといえよう。
(東京大学社会科学研究所教授)