消え行く文字をのこすために
三井文庫所蔵の近代の会社資料中で最も利用されているのは、三井物産資料であるというのが司書としての実感です。資料複写の希望も一番多く、最初は原資料からの電子コピー、次はマイクロフィルム化が進みプリントからの電子コピー(いずれも司書がコピー)、近年は閲覧者自身によるデジタルカメラ撮影OKとなり、ここにも時代の流れが感じられます。
三井家記録文書中にあるものも含めて、三井物産創業期の資料は少ない中で、三井物産日記は重要な資料ですが、初期の日記には、墨で書かれた部分の他に、鉄分を多く含んだインク(三井文庫ではコピーインクと称してきました)で書かれている部分が多くあり、劣化によりインクが茶褐色化し、特に筆で書かれたらしいインクの滲みた部分は文字ごと焼け落ち、欠損、酸化などの破損の危機に瀕しているものがあります。これについては1968年の資料公開前から三井文庫内でも問題とされていたようで、日記の製本を解体、裏打ちの上、再製本(外注)という処置がとられ、再製本前と後にマイクロ撮影がなされています(全40冊の内15冊、明治9~26年分)。
私が資料保存の問題につき関心を持つようになったのは、再製本後の、この物産日記をみてからのことでした。当時ちょうど図書館界でも酸性紙劣化問題が契機となり、1985年資料保存委員会が日本図書館協会内に設立され、資料保存委員会月例勉強会に出席していた時期もありました。
三井文庫所蔵資料中、資料保存上では、近世の古文書類は一部虫損のひどいものもあるものの、大体において安定していると言ってよいと思いますが、近代の資料のほうが問題は切実です。三井家記録文書中の明治期資料や、三井鉱山資料にもこのインクによる劣化はみられます。他にも蒟蒻版、青焼きなどの薄れていく文字の問題もあり、また近代-特に戦時期の資料では、紙自体の劣化や、ホチキス・クリップ等使用の錆による劣化も多くみられます。インク劣化問題については、複写物作成以外に、根本的な対策はいまだ見いだせない状況ですが、資料保存の専門家の方から助言も受け、書庫内資料保存環境を整備し、なるべくよい状態を保てるようつとめています。
(三井文庫司書)