「報知付録」-日本金融市場史研究のすすめ-
この資料は、戦前期三井銀行が本支店間で交わした通達、回報類を月に何回かまとめて発行した行報である。私がこの資料に出会ったのは日本金融史研究の駆け出しのころ、「成立期日本信用機構の論理と構造」(1978、1979年)の執筆途上である。そのとき私の関心は、当時の一次資料による個別研究の潮流に金融論のロジックを持ち込みこと、両者を架橋することで後進国日本の信用システムの構造を浮き彫りにすることにあった。銀行図書館に日参し『銀行通信録』など公刊の資料を渉猟、それをもとに骨格を組み立てた。焦点は明治34年恐慌後の手形割引市場の形成にあった。鍵を握るのはビルブローカーであった。市場形成の行方は、藤本など新設のビルブローカー銀行に三井や安田などの大銀行がどう対したかにかかっていた。ビルブローカーとの関係は微妙で、実態はなかなかつかめなかった。ひかりは三井文庫にあった。
本支店の回状をまとめた「報知付録」から、三井銀行の外からはうかがえない支店伺い、本部決定などの内部情報がえられる。為替、貸出、金利など、各地支店がおかれた金融市場のありようを生の声を通してうかがうことができる。その一部が『三井銀行史料六』(1978年)に収録され公刊されている。そこに重要な記事は採録されているが、編集者の関心が三井銀行の本支店関係にあり、多くの情報が残されたままである。落ちこぼれにこそ貴重な情報が潜んでいる。本資料は明治31年「本部旬報」に始まり、明治36年「報知付録」に引き継がれ、昭和18年に至るほぼ半世紀をカバーする。叙述は時代を遡るほど詳細で興味深い。いずれにせよ戦前期の金融市場研究を志すものにとって一度は紐解く価値をもっている。
(法政大学名誉教授/日本金融市場史研究)