「つまみ食い」的利用者として
三井文庫には、戸越時代から最近まで半世紀以上、断続的ながら随分長らくお世話になってきた。
私の場合は、専攻した綿業史の史料探しが主目的であり、綿花や綿糸布の流通に関する史料を手探りしていた。その結果、いち早く上海に綿繰工場を開設した三井物産が、日清戦後に損失を処理して撤退したことや、取引相手の紡績会社を選別している実情など、多くの興味深い事実を知ることが出来た。
ただ、私の視野は限られており、その意味では、言わば「つまみ食い」的利用者であった。そして、綿関係品流通に関する史料は、どちらかと言えば断片的なものであり、「この一点」に絞るのは難しい。
振り返ってみて、最も印象に残るのは、一連の『支店長会議議事録』である。議事録の中に綿関係の材料を探して、多くの史料を使わせてもらうことが出来たが、それだけではない。その過程で、議事録という体裁のためもあって、ついつい読み進むことになった。
その結果、多様な商品の取扱い状況、世界に張り巡らされた諸支店の活動ぶりが、生々しく伝わってきた。私自身は総合商社を論じることはなかったが、その実情を、まことに興味深く垣間見ることが出来たのであった。
(東京大学名誉教授/近代経済史)