三池鉱業所沿革史
私は昭和63年に提出した修士論文「明治の機械工業-九州地方炭坑向機械工業の展開-」の作成にあたって、三井文庫に大変お世話になった。九州で最も技術が進んでいた三池炭礦の状況を把握することは、この研究に欠かせなかったが、10年ほど前に『三井文庫論叢』第11号に発表されていた春日豊「三井財閥における石炭業の発展構造」を読んで圧倒された。三井物産や三井鉱山の史料を駆使した詳細かつ説得的な研究で、三池の機械導入のほか、炭礦内の三池製作所の活動を描き、同所が自礦用の機械を製作したにとどまらず、筑豊の諸炭坑にも機械を供給したことを指摘していた。その出典としてしばしば注記されていたのが「三池鉱業所沿革史」である。三井物産の史料とは異なり、注に請求番号が付されていなかったが、卒業論文のときからお世話になっていた三井文庫の閲覧窓口で相談すると、三井鉱山株式会社の了解があれば閲覧できると担当部署を教えて下さった。早速、指導教官に紹介状を書いてもらって丸の内の本社に出向き、申請した。この史料は予想にたがわず詳細で、主要な機械類のほとんどすべてについて、導入の年代と製造者が明示されていた。炭礦の機械事情がこれほど体系的に述べられた史料に接したのは初めてで、三井文庫で読み進めた時の興奮は、忘れられない。この時作った鉛筆書き14枚のメモは今でも手許にある。閲覧の結果、三池炭礦の機械事情については春日氏の論文が極めて正確であることを確認したにとどまった。しかし、例えば三池の電気機械が主に芝浦製作所から購入されたことは指摘されていても、それが何台で外国製機械とどのように共存していたのか、といった具体的な状況がわからないと、自分の研究の視角で、他の諸炭坑と合わせて全体を展望するには不足である。史料に基づく良質な研究があっても、なお史料を自分で見ることの大切さを教えられた史料であった。
(東京大学)