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大蔵省文庫旧蔵の藩札回収関係史料

小林 延人
大蔵省文庫旧蔵の藩札回収関係史料
旧藩札買上一件簿(W-1-47)
大蔵省文庫旧蔵の藩札回収関係史料

学部生の頃、明治維新期の経済史を研究テーマに選んだ私にとって、最初に対峙しなければならない研究が澤田章『明治財政の基礎的研究』(寶文館、1934年、のち柏書房から1966年に復刻)であった。80年以上前に刊行された著作であるが、今でも多くの研究者がその議論を前提とする古典的名著である。たとえば、明治元年(1868)に太政官札発行を建言した三岡八郎(由利公正)の政策的意図として、財源補塡のみでなく勧業という側面を認める、という澤田氏の主張については、管見の限りこれまで有力な反論は出ていない。

その澤田氏が三井家編纂室の嘱託を勤めていた頃、井上馨の伝記編纂のために大蔵省文庫所蔵史料の一部が収集された。その後、大蔵省文庫の原本は大正12年(1923)の関東大震災で焼失し、謄写本が三井文庫に引き継がれ、現在に至っている。その中に「舊藩札買上一件簿」という史料がある。

この簿冊には、藩札回収をめぐって群馬県と大蔵省紙幣寮との間でやり取りされた指令・伺が綴られている。明治4年(1871)7月の廃藩置県後、明治政府は藩札の回収に本格的に取り組み始め、群馬県にも県内に流通する前橋藩札・高崎藩札などの回収を義務付けた。この時の費用負担を大蔵省と群馬県の間でどのように折半するか、という交渉過程が往復文書を分析することで浮かび上がってくる。また、群馬県が旧藩札を買い上げることで、旧藩札の市中価格が上昇し、かえって藩札回収が困難になったことなどもうかがえて興味深い(拙著『明治維新期の貨幣経済』第8章、東京大学出版会、2015年)。

謄写という形で被災前の史料を複製・保存した澤田氏と自身の姿を重ねることはおこがましいが、私にも先人の営為を活用しなければいけないという熱意と使命感は少なからずあったのだろう。かつてのカメラ撮影が許可されていなかった三井文庫の閲覧室で、時間の許す限り史料を筆写していたことを思い出す。

(秀明大学)

大蔵省文庫旧蔵の藩札回収関係史料
旧藩札買上一件簿(W-1-47)
大蔵省文庫旧蔵の藩札回収関係史料