「内裏之図」とウサギの蔵書印
わたしの関心は江戸時代の古地図、とくに京都で出版された地図にあります。三井文庫はその点でもっとも注目している施設です。現三井文庫の所蔵品もそうですし、米国カリフォルニア大学バークレー校の旧三井文庫蔵古地図も逸品ぞろい。
ことし3月にわたしの元勤務先である京都市歴史資料館から『内裏図集成』という書物を出版しました。「内裏図」というのは江戸時代の禁裏御所(京都御所)と公家町を描いた地図のことで、京都の刊行地図では一ジャンルをつくっています。
その内裏図をできるだけ集めようというのが編輯の主旨でした。三井文庫を訪問しなければならない。こういったはんぱな資料(これはほめことば)が三井文庫に蓄積されていることは、15年前に『京都武鑑』を刊行した時に経験したことです。
2年前の秋にやっとのことで出張費を工面してもらい訪問しました。目録を見ると15種類の内裏図が所蔵されています。うれしかったのは18世紀前半刊の図が二種類あったこと。なかでも宝永6年京都林吉永刊「内裏之図」(C605-101)を見たときには持病の不整脈が起きるかと思った。
刊行内裏図のなかでも2番目に古く、18世紀初頭までの京都図の体例にならい題額をもった、古雅といってもよい紙面には魅了されました。18世紀の出版物に古雅はないだろうとはおもいますが、そうでもいわなければうれしさが表現できないのです。
この図の享保ぐらいの刷りは現物を見ていますし、『京都市史地図編』にも1本が掲載されています。しかし三井文庫本はおそらく初刷りじゃないかと思える本で、多少の虫損とシミはあるものの、鮮明な紙面はいま買ってきたような美本でした。題箋が原装でないのは残念。
そうだ、これがなくちゃあ画龍点睛を闕くのが、押されているかわいいうさぎの蔵書印。新町三井家高堅のコレクションを示す朱印です。高堅さんは慶応3年丁卯の生まれ。これがあることで古雅な無彩の地図はもっと色気を増す。
(元京都市歴史資料館員)