三井鉱山の社宅設計社内コンペ
かれこれ20年以上、社宅について研究している。2006年からは、鉱山学科があった高等教育機関の鉱山実習報文を悉皆調査してきたが、炭鉱社宅街は規模が大きいため手を出せずにいて、2009年に共同執筆した『社宅街―企業が育んだ住宅地』(学芸出版社)では収録を見送っていた。出版後は、先ず三菱系の炭鉱社宅街を調べ始め、端島炭鉱(軍艦島)や崎戸炭鉱など、いくつか報告できた。次をどうするか思案の折、北海道大学名誉教授吉田文和先生から実習報文の問い合わせを受け、その際、三井文庫所蔵『三井鉱山五十年史稿』をご教示いただいた。早速、三井文庫に閲覧に赴くと、三井鉱山関係の膨大な資料群に驚愕した。東京出張の前後に時間をつくっては資料と格闘している。まだ全て見切れていないが、日本近代住宅史上、トピックとなる貴重な資料との邂逅を得たので、ここに紹介したい。
それは、三井鉱山が二度行った社内社宅懸賞設計である。1回目は、第一次世界大戦後の中流階級の住宅改良ブームに影響を受けた、大正12年7月実施の役員社宅コンペで、「普通社宅」のみならず「社宅町」と「アパートメント式社宅」も募集されている(『鉱夫社宅配置図』三池958)。管見では、職員社宅コンペの嚆矢と位置づけうる。関東大震災の影響か、応募が低調に終わり、翌年4月再度募集し、229案が集まった。「普通社宅」は1等入選があり、各等の設計図面も資料中に散見できるが、後二者は3等入選案がそれぞれ2案に留まり、設計図面は見つかっていない。昭和11年に行った2回目のコンペでは、役員社宅と労働者社宅を募集した。このコンペの結果は『懸賞住宅設計図集』として117冊が希望者に頒布された。しかしながら、三井文庫を始め、三井鉱山関連会社に所蔵を確認できず、大学図書館、国公立図書館にも所蔵されていない。古書店で稀に流通するらしいが、現物には巡りあえていない。当図集について心当たりのある方はご一報いただければ幸いである。
(北海道大学大学院工学研究院助教)