三井文庫で大蔵省を調べる
私が紹介するのは、「井上侯爵伝記編纂関係史料」所収の「井上侯建議要項」第一原写本(W-2-11甲)です。
現在の財務省の前身である、大蔵省の建省以来の行政文書は、1923年(大正12)の関東大震災による大蔵省火災で灰燼に帰した結果、国立公文書館所蔵の「焼残文書」などを除き、ほとんど残っていません。しかし、幸いなことに、三井文庫には長州藩出身の政治家・井上馨(1835~1915)の伝記編纂のために収集された史料の中に、大蔵省文書を筆写したものが残されています(詳しくは下重直樹「『稿本井上馨伝』編纂事業についての基礎的考察-伝記資料の史料学的検討から-」『近代史料研究』7、2007年をご参照ください)。特に、井上が大蔵大輔(次官)を務めていた1871年(明治4)~1873年(明治6)の時期のものが充実しており、自身の研究でも活用させていただきました。
その中でも「井上侯建議要項」第一原写本は、原本のもつ情報をふんだんに盛り込んでいる点に最大の特長があります。筆写の担当者によって精粗はありますが、文書の表題や本文といった文字情報はもちろんのこと、省内での稟議の際に意見を記した付箋や、決裁に用いられたハンコの印影、参考のために添付された絵図までもが忠実に書き写されています。これらの情報を綜合することで、大蔵省がどのように組織としての意思決定を行っていたのかを再現することが可能です。
なお、「井上侯建議要項」第一原写本は、本来は全部で7冊あるはずのものなのですが、三井文庫には1・3・4・5・6の5冊しかありません。実は、東京大学経済学部資料室にも井上の伝記編纂事業に用いられた文書が所蔵されており、その中に「井上侯建議要項」2・7があるのです。二つの所蔵機関に分かれて保存されているという点も、他の史料にはない「井上侯建議要項」第一原写本の特徴と言えます。
(日本学術振興会特別研究員PD)