三井家の宅地一覧「家有帳」と家屋敷沽券状
もう30数年も前のことですが、『三井文庫論叢』に「京都における三井家の屋敷-集積過程からみた特質-」の題で拙稿を掲載して頂きました。表題の史料はその中で使用したものです。
その頃私は建築史を専攻する大学院生で、京都の都市史を研究したいと考え、知合いの伝手を頼って京都市史編さん室へ度々出かけ、江戸時代の諸処の町文書を写真版で閲覧していました。ある時偶々同所に来られた吉田伸之氏から「京都本店のある冷泉町では三井家が屋敷を次第に拡げて町の構造を変容させた」という趣旨のお話を伺い、三井家の宅地一覧を記した「家有帳」の存在についてもお聞かせ頂いたかと記憶しております。同氏のお言葉により、卒論以来長年三井文庫に通っていながら、京都の三井家本店を始めとする諸店と住居が市街のどこにあるかも知らなかった自らの浅学に強く気付かされたのでした。
そこで、まずは京都の店と住宅の位置を確認しなければと思い再び通い始めた三井文庫では、親しくして頂いていた田中康雄氏にご相談し、今井典子氏が『三井文庫論叢』に翻刻された「家有帳」と沽券状一覧表についてご教示頂きました。史料を実際に拝見しその歴史的な重みを深く感じると共に、これらを地図上に描き他の史料で解説を加えれば、三井家京都の家屋敷に関する情報を整理したものとなり、京都の市街地の特性も判るのではないかと考えました。幸い建築学科卒業ですから作図だけは得意な分野です。それでも実際の作業にはかなりの試行錯誤を伴いました。また沽券状は書式が一定で比較的読み易いものの、当時の私には読めない部分が多々あり、そのつど嶋田早苗様や樋口知子様のお手を煩わせ、永井伴子様ほか司書の方々には史料閲覧と複写の便宜を図って頂きました。これは今でも有難く且つ懐しい思い出となっております。
ここ20余年は歴史的建造物の修理に関わる古文書等の史料調査・研究に携わっていますが、表題の文書をはじめとする三井文庫の史料群は私が古文書に導かれたその原点でした。
(公益財団法人文化財建造物保存技術協会)