「永除諸帳面控」に見る近世日本の記録管理
三井文庫所蔵史料から「私の一点」を選ぶとすれば、第一国立銀行並びに三井銀行創立に関連する「國立銀行條例」(本542)(條例立案過程の一件書類)や東京大元方「日記」(高喜ら作成)なども思い浮かぶが、ここでは別の視点からの一点を取り上げたい。
近現代日本の企業では、社内統一的な記録管理体制が採用されずに来たことが屢々指摘される。然し、近世後期三井家の両替店では整然たる帳簿管理方式を実施していた。三都の各店で細部に相違はあるものの、一店で大よそ150種余りの諸帳簿に凡て後年参照上の重要度に応じて保存期間を設定し、毎年「帳面録」などの台帳に登録した。その廃棄や保存の実施状況を半年毎に確認し、点検結果を管理台帳に記録した。京両替店の場合では、保存期限の定められた諸帳簿名は「切捨諸帳面控」に記載して廃棄状況を管理し、永久保存とされた諸帳簿名(約100種)は「永除諸帳面控」に記載して保存状況を管理した。「永除諸帳面控」(記帳時期:天明2年~天保4年頃)を見ると、例えば本帳(大福帳)など各帳簿は毎年作成される訳であるが、その凡てに就き点検確認の印が押捺されている。紛失、焼失分は勿論その旨記載された。天明8年(1788)京大火の後では多数の帳簿名の欄に「天明八申年焼失」の印が捺されている。
今日三井文庫に保存されている貴重な両替店文書の多くは、このような記録管理体制によって守られて来たものであろう。(拙稿「三井両替店の帳簿とその管理方式」、『経営と歴史』第8号、1984年-『企業と史料』第1集、1986年再録-参照)
(企業史料協議会)