三井大坂両替店の情報管理
「聞書帳」(本144)。その時々の時代相を映し出す情報の坩堝といえる帳簿である。
三井大坂両替店は、両替店一巻に属する京両替店や江戸両替店と密接に連絡を取り合い、三都の営業状況・政治社会状況・風聞などの情報を交換し入手していた。そのため同店の諸帳簿には大坂周辺のほか、広く三都及び全国の重要な情報が随時記録されている。
大坂両替店では、入手した情報をその性質に応じて分類し各帳簿に記録し保存した。営業関係をはじめ日常の事件については「日記録」を基本に、抱屋敷に関する諸文書などは「永録」、町触などは「御触帳」、とくに重大な事件の風聞・聞書などは「聞書(帳)」、その他諸種の文書については「後鑑」などに、相互の分担も記しつつ書き留めている。
私はこうした両替店の情報収集と管理に着目し、三都をはじめ全国で都市騒擾や不穏な状況が展開した天明期の分析にこれらの帳簿を使用したことがある(「三井大坂両替店記録における天明の大坂および江戸打ちこわし関係史料について」『三井文庫論叢』第27号、1993年)。「後鑑」(元文4年~弘化2年、本338)、「聞書帳」(宝暦10年~文化4年、本144)、「日記録」(天明7年、本46)、「永録」(安永6年~寛政6年、本118)などに書き留められた諸情報を翻刻し、史料批判を加えながら解説を試みた。大店の立場から、三都に多く持つ抱屋敷周辺の動静をはじめ自身の営業基盤を脅かす前代未聞の社会情勢の展開に対して、事態を正確に認識し迅速に対応すべく様々なルートを通じて多角的な情報を積極的に収集していたことがわかる。「聞書」をはじめ諸帳簿を連関させて読み解くことで同店の情報蓄積の全貌がわかる。これらの諸帳簿は個別事件や社会情勢の分析にとって貴重な史料群であるとともに、近世日本を代表する豪商における情報収集能力や情報管理のあり方に関する研究にとっても超一級の素材といえよう。
(山形大学教授)