牧田環氏談話
三井財閥の歴史を研究するさい、その三大事業分野(銀行、物産、鉱山)を視野に入れなければならないことは常識と言ってよい。その鉱山分野(炭鉱、金属鉱業)を炭鉱業から派生した重工業(鉄鋼業、化学工業)も含めて研究対象とする場合、トップ経営者として牧田環の名を逸することができないことも研究者の共通認識事項である。
私は、かつて三井財閥の重工業と経営者牧田環に興味を抱き、経営史的研究に取り組んだ。満足な成果とまでは言えないが、編著『牧田環伝記資料』(財団法人日本経営史研究所、1982年)をまとめることができたことは大きな喜びであった。
この研究の突破口は、財団法人三井文庫で見せていただいた『牧田環氏談話』によって得られた。そこから牧田家が保存する牧田環個人の史料(日記、メモ類)の閲読に進んだ。三井鉱山株式会社の史料は、その後になった。というわけで、三井文庫所蔵の『牧田環氏談話』は、私の編著の完成になくてはならない役割を果たしてくれた。
『牧田環氏談話』は、三井文庫に昭和8年の分と昭和14、5年の分の二通りが保存されているが、私は後者だけを利用した。私が前掲書の中で述べているように、「前者(昭和8年)と違って(牧田が-森川)三井を離れた時期のものなので、三井に対してもかなり思い切った意見を語っており、そのプラスは、記憶力の衰え等によるマイナスをカバーして余りあると判断した」(260ページ)からである。
また、この昭和14、5年の「談話」は全部で6回に及ぶのだが、第4回の分(昭和15年に収録されたと推定される)は、三井文庫に保存されていない。理由は不明である。
後日談の史料的価値をとやかく言う人もいるが、史料探索にぜいたくを言ってはいけない。私は、この『談話』と閲覧を許して下さった三井文庫に心から感謝している。
(経営史学会)