研究の着想を拡げてくれた三井物産「支店長会議資料」
私にとって三井文庫資料は初めて目にする企業資料であった。大学院生になって電機工業に関する資料調査を始めたものの企業資料のハードルは高く、まずはGE社、芝浦製作所などの電気機械を取り扱っていた三井物産の資料を集めるために三井文庫に伺った。既に多くの研究者によって利用されていた三井物産「事業報告書」、「支店長会議議事録」、「支店長会議資料」等を閲覧し、GE社、芝浦製作所に関する各年度のデータ、記述を拾い出す作業をしばらく続けた。これらの作業は「一九二〇年代の電気機械市場」(『社会経済史学』第45巻4号、1979年12月)等の発表に結びつき、ようやく研究者としての第一歩を歩みだすことが出来た。
その後、「東京芝浦電気社史編纂資料」の閲覧許可を頂いたことは研究を進めるうえで、大きな助けになった。さらに、それを手掛かりに、由井常彦先生のお力を借りて、㈱東芝の堀川町工場(現在は、川崎駅西口のラゾーナ川崎プラザ)に保存されていた資料を閲覧でき、研究対象は戦後の東芝に拡がった。
振り返ってみると、これらの資料から受けた恩恵は、資料の収集にとどまらず、その後の実証研究の着想に結びついたところにあった。例えば、「支店長会議資料」の中にある三井物産と提携した企業、三井物産の競争相手である商社、企業に関する情報は、たとえ断片的なものであっても、競争相手の行動を考えるうえで重要な情報であった。それらの情報を総合して生まれたのが、GEの特許戦略による大倉組のビジネスへの制約を扱った「大倉組の電気機械ビジネスとAEGの対日戦略」(『青山経営論集』第30巻1号、1995年7月)、GEと提携した東京電気の組織能力を取り上げた「技術導入から開発へ」(由井常彦・大東英祐編『日本経営史三大企業時代の到来』岩波書店、1995年)などであり、研究の幅を広げる新たな着想をもたらし、組み立てていく役割を「支店長会議資料」等の三井文庫資料が果たしていたことを強く感じるのである。
※「東京芝浦電気社史編纂資料」は、三井文庫が収集した複写史料で、閲覧には(株)東芝の許可が必要です〔三井文庫注〕。
(青山学院大学/日本経営史)