守山事件をめぐって
私が初めて三井文庫を訪れたのが何時であったか、と云う記憶は定かではないが、最初に文庫所蔵資料を本格的に利用したのは今から30年程前の『福岡県史近代史料編綿糸紡績業』の「解説」を執筆した時であった。その時利用した資料は『重役日記』(物産32)である。内容は九州紡績大阪支店に勤務していた守山又三という人物が三品取引所において棉花・綿糸の投機を実行し、それが大失敗に終わったことの善後策をめぐる三井物産本店における議論の様子である。この投機計画には九州紡績関係者のみならず物産関係者(当時の大阪支店次長の山本条太郎)も絡んでいたようで、その点から物産としても何らかの対応策を迫られたものだろう。ところで、同史料によって守山が買い占めた棉花の大半は物産が引き取った事が明らかになり、事件の性質は守山による社金横領事件へと転換していったことが確認された。
事は一地方紡績会社における横領事件に過ぎないのだが、「三井」の手は全国に伸びていたのであり、従って、三井文庫に所蔵されている史料によって、初めて同事件が九州紡績関係者だけではなく、三井関係者をも巻き込んだ投機に端を発したものであったと云う、そのあらましが分かったのである。今更言うまでもないことであるが、三井文庫は実に使い道の豊富な史料所蔵機関であることを実感した次第であった。
(福岡大学)