三井文庫の魅力
三井文庫の魅力の一つに、近世の三井家・近代の三井系企業に関わる史料以外にも、多様な史料を所蔵していることが挙げられる。ここではそうした事例として、「前田家本郷御屋舗図」(C827-18)という史料を紹介することにしたい。
この史料は、三井文庫が所蔵する厖大な古地図コレクションの中の一点である。18世紀後期の加賀藩江戸上屋敷である本郷邸を描いた絵図で、寸法は縦55×横79センチメートル、彩色が施されている。本郷邸内の井戸・水溜桶・梯子の位置が詳細に記されており、防火施設を示した絵図であることがわかる。元来は、加賀藩の作事方など本郷邸の防火管理を担当する部署において作成され、保管されていたものと推定される。
この史料との出会いは、1984年に遡る。当時大学院生だった私は、設立されたばかりの東京大学遺跡調査室(現・東京大学埋蔵文化財調査室)のアルバイトで、東京大学本郷キャンパスの前史、すなわち加賀藩本郷邸を中心とする関連史料調査に従事していた。特に加賀藩本郷邸の絵図は、遺跡発掘調査の基礎史料となるため、最も重点的に所在確認調査をし、写真による収集を進めていたのである。
そうした中で、三井文庫研究員(当時)の西坂靖氏から、三井文庫に加賀藩本郷邸絵図が1点所在しているというご教示をいただいた。意外な所在情報に、大変驚いたことを記憶している。私はただちに三井文庫を訪れ、この史料を実見した上で、写真撮影を依頼した。後にこの史料は、細川義氏によって詳細な検討が行われ(「加賀藩本郷邸の全体図について」、『東京大学埋蔵文化財調査室発掘調査報告書四東京大学本郷構内の遺跡山上会館・御殿下記念館地点』東京大学埋蔵文化財調査室、1990年)、遺跡発掘調査において活用されたのである。
三井文庫が経営史や経済史に関わる史料の宝庫であることは、論を俟たない。しかし、私のこのささやかな経験は、三井文庫がそれに留まらない歴史研究の宝庫でもあることを示しているといえよう。
(放送大学教授/日本近世史)