三井物産「取締役会決議録」
1980年代末のことであるが、1934年制定の石油業法への対応をめぐる三井物産とスタンダード・ヴァキューム・オイル(スタンヴァック)との関係を調べていた時、三井文庫の三井物産取締役会記録に助けられ、真実を把握できたことがある。未公開の『稿本三井物産株式会社一〇〇年史上』600~602頁の記述によれば、石油業法制定前後の時期にスタンヴァックは、日本において石油精製事業を展開する合弁会社を新設しようという三井物産の提案に対して積極的な反応を示したものの、①石油精製会社新設に関する議案が三井物産の取締役会で承認を得られなかった、②スタンヴァックが51%出資に固執した、という二点から、この提案は流産したとある。この記述は、筆者(橘川)の調査結果と齟齬する内容であったため、三井文庫に問い合わせたところ、当時の鈴木邦夫嘱託研究員から、三井物産「取締役会決議録」にもとづき、1989年1月17日付書簡で丁寧なご回答を頂戴した。
その結果、①石油精製会社新設案は三井物産取締役会で承認されていた、②スタンヴァックが51%出資にこだわったという証拠はない、などの事実が判明した。それをふまえて筆者は、「石油業法制定前後の時期にスタンヴァックが三井物産提案の石油精製会社新設案(共同設立案)に積極的な反応を示したという『稿本三井物産株式会社一〇〇年史上』の記述の信憑性には、かなり問題があると言わざるをえない。……いまのところ、1934年の石油精製会社新設案は、スタンヴァックの意向とはひとまず無関係に、三井物産サイドの事情にもとついて提案され、放棄された、とみなす方が妥当であろう」(拙著『戦前日本の石油攻防戦』ミネルヴァ書房、2012年、73頁)、と結論づけた。もう30年前の出来事ではあるが、真実に迫ることができたエピソードとして、今でも忘れえぬ思い出である。
(東京理科大学イノベーション研究科教授/日本経営史・エネルギー産業論)